本記事に出てくる葬祭ホール運営会社は架空の設定です。実在の企業・団体とは関係ありません。b8taのみ、公開情報にもとづく実名です。
事例が転用できないのは、業種で読んでいるからです
「他社の成功事例は分かった。けれど自社にどう当てはめるかが分からない」。この止まり方には、はっきりした理由があります。事例を業種のまま読んでいるからです。
b8taは「売らない店」として世界的に絶賛され、米国では2022年、日本では2025年に全店を閉じました。これを「小売の話」として読むと、小売以外の人には持ち帰るものが残りません。「体験型は時代に合わなかった」で話が終わります。
ところが、b8taを分析した回で取り出した中核には、小売という言葉が1つも入っていません。「体験の質を支える固定費が、そのまま事業の重りになる」。質を取れば重くなり、軽くすれば質が落ちる。この板挟みは、リアルな場で商売をする人なら誰でも抱えます。
事例が転用できないのではありません。業種のまま読むと転用できないだけです。
この記事では、b8taの構造を、架空の葬祭ホール運営会社へ移すまでの手つきをそのまま書きます。うまくいった置き換えだけでは手順になりませんので、途中で捨てた案も並べます。
業種の言葉を、一段ずつ剥がす
b8taの板挟みを、もう一度置きます。体験の魅力を高めるには一等地に広い店を構え、人を配したい。けれど事業を軽く保つには、その重い固定費を削りたい。
ここから業種の言葉を、一段ずつ剥がします。一気に「要するに構造の問題だ」と言わないことが大事です。段を飛ばすと、読者は同じ手順を再現できません。
一段目。「一等地の店舗」を「重い固定費」に置き換えます。ここで小売という限定が外れます。飲食も、宿泊も、介護も、同じ土俵に乗ってきます。
二段目。「重い固定費」を「動かせない土台」に置き換えます。ここで金額の話が構造の話に変わります。土台は建物とは限りません。人員でも、設備でも成り立ちます。
三段目。その土台の上に何が載っているかを見ます。b8taが載せていたのは、店内で集めた来店客のデータでした。これを「複製が効く軽い価値」まで剥がします。
すると、板挟みはこう書き直せます。軽い価値が、動かせない重い土台に載っている。土台が止まった瞬間、価値も収益もコストも同時に逆回転する。
ここまで来ると、業種の言葉は1つも残りません。残るのは形だけです。この形が、次に置き換える対象になります。
なお、この段階で1つ落としたものがあります。「データ」という言葉です。データのまま持っていくと、置いた先が急にIT寄りの話になります。残したのは「軽い、つまり施設も在庫も要らない」という意味だけです。
取り出した形を、2つの業種に置いてみる
置けた例:地方で葬祭ホールを2館運営する会社
| b8ta | 置き換えた先 |
|---|---|
| 一等地の店舗、広く快適な空間 | ホール2館。雰囲気と設備が選ばれる理由 |
| 出店料の固定額(売れ行きと無関係) | 1件あたりの葬儀単価。家族葬が当たり前になり4割落ちた |
| 来店が止まると価値・収益・コストが同時に逆回転 | 葬儀の単価が落ちても、ホールの維持費は1円も減らない |
| 軽い価値を、重い土台の上に載せた | 軽い新事業(遺品整理・相続の窓口)を、重いホール事業の上に載せようとしている |
ここで1つ、意図して変えた点があります。b8taは価値と土台を切り離せないまま終わりました。この会社は、まだ載せる前です。つまり、b8taが踏み込めなかった一歩を、これから選ぶ側に置き直しました。
置き直すと、問いの形が変わります。「なぜ壊れたのか」ではなく「新しい柱は、どれくらいの大きさになるのか」。市場規模を試算した回でAIに試算させたのは、この置き換えから自然に出てきた問いです。
置けなかった例:地方の家具店がショールーム化する
最初に思いついたのは、実はこちらでした。b8taと同じ小売で、在庫を置かず展示だけにする。分かりやすく、板挟みもそのまま成立します。ところが、これは使いませんでした。
理由は、業種が違うからではありません。むしろ近すぎるからです。
借りたのは板挟みの形だけのはずでした。そこに業種まで同じものを持ってくると、できあがるのはb8taの縮小版です。読者から見れば、構造の転用ではなく事例の模倣にしか見えません。3段かけて剥がした業種の言葉を、最後に自分で戻してしまうことになります。
ここから持ち帰れる判断基準は1つです。近い業種ほど転用が成功しやすい、ではありません。近すぎると、形と中身の区別がつかなくなります。置く先は、剥がした言葉が1つも戻ってこない場所を選びます。
何を捨てたか
置き先の候補は、ほかにもありました。採用したものより、捨てた判断のほうが手順としては役に立ちます。
貸し会議室やコワーキングの運営。重い固定費と軽い価値の板挟みは、きれいに出ます。捨てた理由は、場所を貸すという中身までb8taと同じだからです。不動産事業そのものになり、置き換えた形跡が残りません。
建設機械のレンタル業。板挟みは成立します。捨てた理由は、この連載で想定している読者が製造業寄りで、そちらへ引きずられるからです。業種の偏りを直したくて置き換えるのに、偏りが強くなります。
市場規模を測る対象を「葬儀そのもの」にする案。既存事業なので統計がすぐ出ます。数字は楽に埋まりますが、分解して考える面白さが消えます。そこで対象を新事業(遺品整理・相続の窓口)に変えました。
借りなかったものもあります。出店料というモデル、データ計測の仕組み、そして撤退という結末。この3つはb8taの中身であって、形ではありません。持っていくと、置いた先がb8taの再演になります。
捨てた案には共通点があります。どれも板挟みは成立していました。つまり、成立するかどうかでは選べません。いちばん効いた基準は、剥がした業種の言葉が戻ってきていないかどうかでした。残る2つは、どんな読者に届けたいか、どこを面白いと思ってもらいたいか、という書き手側の都合です。基準が1つだと思って探すと、手が止まります。
あなたの会社でやる手順
ステップ1。気になっている事例の板挟みを、一文にします。「◯◯を高めるには△△したい。けれど身軽さを保つには△△を削りたい」という形です。ここで社名も業種名も使いません。
ステップ2。その一文から業種の言葉を3段かけて剥がします。一段目で商品や場所の固有名を落とす。二段目で金額を構造に言い換える。三段目で、土台の上に何が載っているかを見る。段を飛ばさないでください。飛ばすと、自社に置くときに戻せません。
ステップ3。剥がした形を自社に置きます。置けたら対応表を作り、置けなかった候補と理由をその場で書き留めます。後から思い出そうとすると、まず失われます。この記事の捨てた案も、その会社の設定を組んだ日のメモから起こしています。
置き終わると、たいてい次の問いが出ます。その新しい柱は、どれくらいの大きさになるのか。
問題のからくりを可視化する因果関係マップも、矛盾を解消するTRIZも、特別なソフトは要りません。紙とペンがあれば、今日から描けます。
ひとりで描くと手が止まるという方は、AI壁打ちツール Idea Realize AI(https://idea-realize-ai.com/)の「市場規模を試算する」があります。前回のツール記事では、この会社の設定を入れて25分で並べました。ご自身の会社でも、25〜45分ほどで市場の大きさと、現実に取れる分まで一度並べられます。ご利用には会員登録が必要です。無料でお試しいただける期間があり、期間終了後は自動で有料に切り替わります。最新の条件はサイトでご確認ください。
本記事について
この記事は、bp-d.com の「なぜ『売らない店』b8taは絶賛されたのに消えたのか」(https://bp-d.com/?p=3862 )と「新しい柱は、どれくらいの大きさになるのか ── AIと市場規模を試算した25分の記録」(https://bp-d.com/?p=4105 )の2本を下敷きにしています。本文でふれた分析と試算の中身は、それぞれの記事にあります。
本記事で取り上げた事例は、『DX経営図鑑』(金澤一央/DX Navigator編集部 著、アルク、2021年)を着想元に、公開情報をもとに独自に再構成したものです。書籍本文・図版の転載は行っていません。