本記事に出てくる教材の会社は、業種の一般的な状況から組み立てた想定です。実在の企業・団体とは関係ありません。富士フイルムのみ、公開情報にもとづく実名です。
強みが決まっていない会社に、事例は移せるのか
事例に出てくる会社は、容れ物のほうを手放し、中身の能力だけを別の土俵へ載せています。けれど多くの会社は、その一歩手前 ── 自社の強みが容れ物なのか、それを作るために積み上げた力なのかで、社内が割れている段階 ── で止まっています。
事例が移らない理由は、たいてい業種の違いに置かれます。うちは化学メーカーではありません。研究費の桁も違います。どちらも本当ですが、原因としては浅いところで止まっています。
富士フイルムの話をフィルムの話と読めば、教材を作る会社には一行も移りません。稼ぎの柱が高収益であるほど手放せない、しかし市場そのものが消える。そう読み替えれば、教材にも建設にも移ります。
今回はもう一つ、仕掛けがあります。借り元は板挟みを解いた会社ですが、置き先には解く前の会社を選びました。同じ地点ではなく、一段手前へ戻して置いています。なぜ戻したのかを、手順ごと残します。
借りたのは、たった一行の形です
元にしたのは、富士フイルムの一行です。写真フィルムという高収益の柱が、デジタル化で市場ごと消えていく。ここから業種の言葉を、一段ずつ外します。
外すときの目印は1つです。言い換えたあとに残った言葉が、まだ業種のものなら外し足りません。
一段目。写真フィルムを、高粗利の主力商品と呼び直します。ここで製品の名前が消えます。
二段目。デジタル化による需要の消滅を、買い手の行動が変わって、その商品という容れ物が要らなくなった状態、と書き直します。技術の名前も一緒に落ちます。
三段目。衰退が自社の失敗ではない、と置きます。競合に取られた結果ではなく、買い手の側が変わっただけなので、改善の効き先がありません。業種は、もうどこにも残りません。
四段目。守れば一緒に沈み、捨てれば明日の売上を失う。ここで板挟みが立ちます。
粗利の高い柱ほど、縮める話は後回しになります。いちばん稼いでいるものが、そのまま足かせの側へ回ります。
四段目には、写真もフィルムも残っていません。だから紙の教材にも青焼きにも載せられます。
富士フイルムが出した答えは、容れ物を捨てて、中の能力を持ち出すことでした。借りたのは、この形だけです。化学も医療も化粧品も半導体材料も、借りていません。
四段目だけを覚えて帰らないでください。途中の段を飛ばすと、自社の話に置き直すときに、どこで外したのかが分からなくなります。
3つの置き先に当ててみる
では、その形はどこにでも移せるのか。置き先を3つ試しました。
1つ目は、学習塾向けの教材を企画して制作する会社です。利益の柱は、塾に採用してもらう紙のワークブック。版を作れば毎年刷るだけなので、粗利が高くなります。ところが塾のデジタル教材への切り替えで、発行部数が3年で3割減りました。営業も改訂も手を抜いていないのに、部数だけが落ちていきます。四段目の板挟みが、そのまま立ちました。
この3割という水準も、意図して選んでいます。致命傷ではありませんが、改善では戻らない線です。まだ体力があるうちに考える話にしておかないと、読んだ方が、うちはまだ大丈夫、と受け取って終わってしまいます。
2つ目は、建設向けの大判図面出力です。いわゆる青焼き。市場が消える型としては、これがいちばんはっきりしています。それでも選びませんでした。残る能力が現場対応の速さくらいしかなく、棚卸しをしても持ち出せる資産が痩せるからです。市場の消え方がはっきり見えることと、次の一手が出ることは別だと分かります。
3つ目は、ガソリンスタンドの運営です。ここは当てはまりませんでした。理由は業種ではありません。市場が消えていくことは誰の目にも明らかで、そこは分かりやすいのです。合わないのは稼ぎ方のほうでした。薄利多売なので、高収益だから手放せない、という矛盾の片側が写りません。板挟みが半分になります。
この3つ目が、当てはめの判断基準をくれます。移せるのは、稼ぎの柱が高粗利で、かつその市場自体が消えつつある会社です。片方だけでは板挟みが立ちません。ですからこれは、出版や教材に限った話ではありません。
そのうえで今回いちばん手を入れたのは、置き先の状態でした。富士フイルムは解いた側の事例ですが、教材の会社は解く前に置いています。使った道具は、持っている強みをどう活かすかを組み立てるものです。何を強みと見るかが決まっていない状態でないと、出番がありません。強みが1つに決まっている会社のほうが、実はめずらしい。この一段手前に、いちばん人がいます。
だからこの会社は、まだ容れ物を捨てていません。紙の教材をきちんと作れることが強みだという声と、つまずきを分析して問題を設計できることが強みだという声に、社内が割れたままです。
採らなかった案と、その理由
置き換えの途中で採らなかった案を書きます。通った案だけを見せられても、読む側は同じ道をたどれません。
1つ目は、置き先を印刷会社のままにする案です。借り元にいちばん近く、いちばん自然な流れでした。それでも落としました。紙が消えるという話がそのまま残るので、構造を借りたのではなく、縮小版になってしまいます。道具の棚卸しも印刷技術に引きずられ、能力の話になりません。
2つ目は、主人公を代表にする案です。これは、自分で決めればいい、で終わります。上から下りてくる立場にしたかったので、常務取締役の編集本部長にしました。ここに迷いはありませんでした。同じシリーズの前の2本でも、同じ手を使っています。
3つ目は、すでにデジタル教材を作り始めている設定です。こうすると話は前に進みます。ただし答えが先に出ている状態になるので、道具の出番が消えます。
4つ目が、いちばん迷ったところです。紙を作る力と、問題を設計する力。どちらが強みかを、社内で割れたままにするかどうか。決めてしまえば、会話は早く進みます。それでも、何を強みと見るかを問い直すという道具の持ち味が、記事に写らなくなります。あえて割れたまま入力しました。あとから、実は問題設計力です、と書き足してしまうと、この記事の主題そのものが消えます。
まず、言葉が割れているかを見る
ここからは、あなたの会社の番です。順に3つ。
ステップ1。いまの稼ぎの柱を、2つの軸で書きます。粗利が高いか。その市場が消えかけているか。両方にはいと答えられるなら、この構造の対象です。どちらか片方なら、この形は載りません。
ステップ2。その柱を作りながら身についた力を、商品名を使わずに書き出します。紙の教材を作る力、ではなく、つまずきを分析して問題を設計する力。書き換えられた分だけ、能力が売り物から離れています。
ステップ3。同じ書き出しを、社内の別の方にも1人でやってもらいます。突き合わせます。割れていたら、そこが今日の入口です。割れているほうが普通で、割れたまま持ち込んで構いません。
ここまでは紙1枚でできます。この記事で使った板挟みの見方も、もとをたどれば因果関係マップとTRIZです。どちらも、お金をかけずに始められます。いま手をつけられるのは、ステップ2の書き出しを思いつく分だけ書いてみることです。
割れた2つを、割れたまま並べて考えたいという方へ。AI壁打ちツール Idea Realize AI(https://idea-realize-ai.com/ )に「強みを活かす戦略を組み立てる」があります。今回はこの1本で13往復・約30分でした。答える内容を先に決めていたので、この短さです。ご自身の会社では、1時間前後を見てください。並んだ優先順位の点数が何を根拠に付いたのかは、ご自身で確かめてください。ご利用には会員登録が必要です。無料でお試しいただける期間があり、期間終了後は自動で有料に切り替わります。最新の条件はサイトでご確認ください。
本記事について
この記事は、bp-d.com の「なぜ本業の市場が消えると、改善では助からないのか──富士フイルムに学ぶ「技術を棚卸しする」設計」(https://bp-d.com/?p=4187 )と「どちらが強みかを決めたのは、AIではなかった ── クロスSWOTを13往復した記録」(https://bp-d.com/?p=4196 )の2本を下敷きにしています。本文でふれた分析と相談の中身は、それぞれの記事にあります。
参考:富士フイルムおよび富士フイルムホールディングスの公開情報(分析は当社独自)