本記事に出てくる運送会社は、業種の一般的な状況から組み立てた想定です。実在の企業・団体とは関係ありません。ブリヂストンのみ、公開情報にもとづく実名です。
同じ絵は描ける。届かないのは、そのあとです
他社の成功事例を読んで、同じ絵までは描けたのに、そこから一歩も動けなかったことはないでしょうか。事例集には、動けた会社しか載っていません。
事例が自社に移らない理由は、たいてい業種の違いに求められます。うちは製造業ではない。うちにあれだけの資本はない。どちらも本当ですが、理由としては手前で止まっています。
移らないのは、事例を業種で読んでいるからです。ブリヂストンの話を「タイヤの話」と読めば、運送会社には一行も移りません。「売った量が増えるほど稼ぐ形」と読めば、運送にも印刷にも移ります。
ただし、この記事で書きたいのはその先です。構造を取り出して同じ絵を描いたあとに、もう一つの壁が来ます。絵は同じでも、そこへ移るための原資が違うのです。
今回は、その壁に当たった記録を手順ごと残します。
「タイヤ」という言葉を外していく
借りたのは、ブリヂストンの一行です。タイヤを1本いくらで売る。ここから業種の言葉を、一段ずつ外していきます。
一段目。タイヤを消耗品と言い換えます。ここで製品の名前が消えます。
二段目。消耗品を、数量かける単価で売る、と言い換えます。ここで商品の姿が消え、数え方だけが残ります。
三段目。売った量が増えるほど稼ぐ形、と言い換えます。ここで業種が消えます。
四段目。稼ぎ方の中心にあるものが、値下げ競争では自分を削る形に反転する、と言い換えます。ここまで来ると、板挟みが見えます。
1本でも多く高く売れば、主力の収益基盤は守れます。けれど削り合いから抜けるには、成果に対する継続課金へ移りたい。前者を選べば消耗が続き、後者を選べば足元の売上が減ります。どちらにも進めません。
値下げで数量を取りにいくほど、1本あたりの利幅は薄くなります。売れば売るほど忙しくなり、手元に残るものは減っていきます。稼ぎ方の中心にあったものが、そのまま自分を削る側に回るわけです。
ブリヂストンが出した答えは、道具を後ろへ下げることでした。顧客が欲しいのはタイヤではなく、安全に低コストで走り続けることです。ならば道具を売るのをやめ、その働きだけを売る。
借りたのは、この4段目だけです。タイヤも、整備の網も、車両から集めたデータも借りていません。
一気に四段目へ飛ばさないでください。段を飛ばすと、自社に置き直すときに戻れなくなります。
原資の無い会社に、同じ絵を渡してみる
取り出した形を、3つの置き先に当ててみます。
1つ目は、食品配送を請け負う運送会社です。稼ぎ方は1運行いくら。燃料費と人件費は上がるのに、運賃は上げにくい。数量で稼ぐ形が、そのまま削り合いになっています。板挟みは同じ形で成立しました。
移った先の絵も描けます。運ぶことを売るのをやめ、荷主の店頭で欠品を出さないことを月額で売る。配送から在庫の預かりへ、さらに荷主の売り場へと接続していく形です。ブリヂストンが車両と運行のデータへ上がっていったのと、同じ向きです。
2つ目は、設備を持つ製造業です。これはもっと素直に移ります。モノを売る形から働きを売る形への移行は、製造業でいちばん語りやすい。今回これを選ばなかったのは、構造が合わなかったからではありません。読者として想定している方が、すでにここに集まっていたためです。
3つ目は、士業です。ここは当てはまりませんでした。理由は、業種が違うからではありません。顧問料はすでに月額の定額です。反転させる元になる数量課金がないので、板挟みそのものが立ちません。別の構造なら士業にも移せます。移らないのは、数量課金を反転させるこの形だけです。
この3つ目が、当てはめの判断基準になります。すでに定額で売っている業種には、この構造は移せません。移せるのは、稼ぎ方を数量かける単価の形で書ける会社です。
そして1つ目で起きたことが、今回の主題です。同じ絵は描けました。けれど、原資がありませんでした。資本も、実績も、データを扱える人もいない。倉庫は自社にありますが、空いているのは3割です。借入の返済があるため、投資に回せる額は限られます。期限は10ヶ月しかありません。
ここで話が変わります。どう移るか、ではなく、何が足りないか、へ移ります。
置いていったもの
転用の途中で置いていったものを書きます。うまくいった話だけを並べると、手順として使えなくなるからです。
1つ目は、建設業で作る案です。借り元の候補に、ソフトを提供する会社の事例がありました。正確さと速さの板挟みが成立していて、紙の図面という具体物もありました。落としたのは、置き先を建設会社にすると、その会社が事例の顧客側になってしまうからです。構造を借りたのか題材を借りたのかが、読者から見て曖昧になります。
2つ目は、足りないものをお金に置く案です。いちばんありがちな設定でした。落としたのは、使う道具の持ち味が消えるからです。この道具は、お金だと思っていたものが実は信用や顧客だった、と気づかせる設計になっています。お金を答えにすると、その働きがまるごと無くなります。足りないものは、実績、つまり信用に置き直しました。
3つ目は、手元資金をどこに置くかです。完全に無いことにするとお金が答えになり、潤沢にすると板挟みが消えます。どちらに寄せても話が壊れるので、その間を狙いました。返済を踏まえて、投資に回せる額が絞られる位置に置いています。
道具の設定でも、1つあります。ここがいちばん迷いました。2本目へ渡すボタンは、おまかせで進めると出ません。前半で打ち切る仕様だからです。実装を確かめて、対話に固定しました。確かめていなければ、実走が丸ごと無駄になっていました。
まず、何が足りないかを1つに絞る
あなたの会社で試す手順を、3つに分けます。
ステップ1。自社の稼ぎ方を、数量かける単価の形で書けるか試します。書けたなら、この構造の対象です。書けないなら、つまりすでに定額で売っているなら、対象から外れます。
ステップ2。その形を裏返して、顧客が本当に欲しい働きを一行で書きます。タイヤなら、走り続けること。運行なら、欠品を出さないこと。売っているモノの名前を使わずに書けたら、外し方が足りています。
ステップ3。その絵へ移るために足りないものを、ヒト・モノ・カネ・情報・信用の5つから1つだけ選びます。2つ以上選ぶと、次の一手が決まりません。今回の運送会社では3つ足りませんでしたが、根っこは信用でした。やったことがないですよね、で商談が終わっていたからです。
ここまでは紙とペンでできます。問題のからくりを可視化する因果関係マップも、矛盾を解消するTRIZも、特別なソフトは要りません。
1つに絞れずに手が止まったという方は、AI壁打ちツール Idea Realize AI(https://idea-realize-ai.com/ )に「自社の強みと資源を棚卸しする」と「足りないものを手に入れる」があります。今回はこの2本をつないで22往復・約75分でした。答える内容を先に決めていたので、この短さです。ご自身の会社では75分〜2時間ほどを見てください。次のツールへ渡す前に、送られる中身だけはご自身で読んでください。ご利用には会員登録が必要です。無料でお試しいただける期間があり、期間終了後は自動で有料に切り替わります。最新の条件はサイトでご確認ください。
本記事について
この記事は、bp-d.com の「モノを売るほど消耗するのはなぜか──ブリヂストンに学ぶ「道具を消し、欲しい結果だけを売る」発想」(https://bp-d.com/?p=3920 )と「渡ったのは3つ、抜けたのは本音 ── AIツールを2つつないだ22往復の記録」(https://bp-d.com/?p=4124 )の2本を下敷きにしています。本文でふれた分析と相談の中身は、それぞれの記事にあります。
本記事で取り上げた事例は、『DX経営図鑑』(金澤一央/DX Navigator編集部 著、アルク、2021年)を着想元に、公開情報をもとに独自に再構成したものです。書籍本文・図版の転載は行っていません。