(写真フィルム市場の消滅を、因果関係マップとTRIZで読み解く)
本記事は、主力商品の需要が自分たちの努力と関係なく減っていく、という不安を持つ方に向けたものです。富士フイルムは、写真フィルムの市場そのものが消えていく場所にいました。同社はそこで製品を改良せず、技術の呼び方を変えます。その選び方を、因果関係マップとTRIZという2つの道具で分解します。読み終えたとき、あなたは自社の能力を売り物の名前を外して数え直せるようになります。
なぜ今、この問いが必要か
こんな心当たりはないでしょうか。
- 主力商品の需要が、営業努力や品質改善と関係なく減っていく
- コスト削減も改善もやり尽くしたのに、数字が戻ってこない
- 新規事業を探すと、いつも今の商品の周辺しか出てこない
これらは、市場が縮んでいるのではなく、消えつつあるサインかもしれません。
写真フィルムは、この問いが最も鮮明に出た場所です。富士フイルムホールディングスは自社の歴史をこう記しています。デジタル化の急速な進展に伴い、主力事業だった写真フィルムの需要は2000年をピークに下降に転じ、2010年にはピーク時の10分の1以下まで落ち込みました。10年で10分の1以下です。押さえていただきたいのは、この減り方が競合に負けた結果ではない点です。撮った写真を残して見るという行為が、フィルムという容れ物を必要としなくなりました。
だから改善が効きません。市場が縮むだけなら、品質を上げれば残った需要を取れます。市場が消えるときは、どれだけ良いものを作っても行き先がありません。この差が決定的です。
なぜ今かというと、AIが同じ置き換えの速さを上げているからです。写真フィルムのときは10年かけて起きたことが、次はもっと短い時間で起きても不思議ではありません。数字が悪くなってから棚卸しを始めては、もう遅すぎます。
根本原因を因果関係マップで可視化する
「技術力があったから」という通説への反論
富士フイルムが本業の消滅を越えられた理由を聞くと、多くの方が「技術力が高かったから」「多角化に成功したから」と答えます。けれど、説明になっていません。技術力の高い会社は他にもあります。多角化に踏み切って失敗した会社も、同じ時期にいくつもありました。技術力と多角化で説明がつくなら、同じことがもっと広く起きているはずです。本当の問いはここです。
ここで使うのが「因果関係マップ」です。これは問題のからくりを一枚の地図にする道具で、原因から結果へと矢印をつなぎ、いちばん奥にある根本原因まで掘り下げて見える化します。
根本原因の連鎖
フィルムという容れ物を資産と見たまま留まった立場を因果関係マップで描くと、3つの根本原因が浮かびます。第一に「フィルムの生産設備と販路こそ最大の資産だ」という前提。第二に「写真フィルムが高収益の稼ぎの柱だ」という事業構造。第三に「自社は写真の会社だ」という自己定義です。
3つとも、過去に成功をもたらしたものです。成功資産がそのまま転換の重りになります。
この重りは、3つの中間原因を生みます。技術を製品名でくくって「写真フィルムの技術」と呼び続けること。高収益であるほど縮小の決断が遅れること。そして自己定義が「写真の会社」のままなので、新しい事業を探す範囲が写真の周辺に狭まることです。
2つ目には補足が要ります。赤字なら止める判断ができますが、稼いでいる柱ほど、細くする理由を先に用意しなければなりません。市場の消滅は社内の数字にゆっくりとしか現れないので、そのぶん決断が遅れます。
そこから症状が出ます。技術が棚卸しの対象にならず、他の土俵に載る候補が見えないこと。デジタル対応の製品を出しても、失った稼ぎの穴が埋まらないこと。行き着く先は、市場が消えていくのに打ち手が写真の内側にしかない状態であり、最後は市場の消滅と一緒に会社の稼ぐ力も消える、という結末です。

同じ問いを、2つの視点で解いてみる
「なぜ富士フイルムは本業の市場が消えても生き残れたのか」という問いを、2つの視点で解いてみます。
普通のAIに聞くと、こんな回答が返ってきます。「多角化に成功したから」「技術力があったから」「だから自社も新規事業を探しましょう」。間違いではありません。けれど、なぜその技術が化粧品や医薬品で使えると分かったのかが抜け落ちています。手持ちの技術をどう数えれば別の土俵が見えるのかが出てこないので、持ち帰りは「多角化しよう」で終わります。
TRIZの視点で同じ問いを考えると、景色が変わります。根本原因は3つとも構造の話で、技術の不足は1つも入りません。そのうえで「守れば市場と一緒に消え、捨てれば今の利益を失う」という板挟みを名指しできます。
| 観点 | 普通のAI回答 | TRIZ×AI回答 |
|---|---|---|
| 問いの立て方 | 何に多角化したか | なぜ他の土俵に載ると分かったのか |
| 原因の捉え方 | 技術力・経営判断の早さ | 技術の呼び方が、探せる範囲を決めていた構造 |
| 解の方向 | 新規事業を探す | 手持ちの能力を、売り物の名前を外して数え直す |
| 持ち帰り | 変化に対応しよう | 自社の能力を、はたらきの名前で書き出してみる |
この差分が、ビジネスの分岐点になる
差分は1行で言えます。普通のAIは現象を説明して対策を促します。TRIZは板挟みを名指しし、資産の数え方そのものを組み替えます。「写真フィルムの技術」と呼んでいる限り、写真が消えれば技術も一緒に消えます。同じ技術を「酸化を止める技術」と呼び直した瞬間、肌の老化という別の市場が同じ棚に並びます。持っているものは1つも変わっていません。呼び方だけが変わり、見える範囲が変わります。
矛盾をどう解消したか
富士フイルムが直面していたのは、次の板挟みです。今の稼ぐ力を保つには、高収益の写真フィルムを守りたい。けれど市場の消滅に備えるには、そこから資源を引き上げなければなりません。どちらも立てられない状態です。
ここで効くのが、いらない部品を切り取ってはたらきだけを残す、という考え方です(TRIZではトリミングと呼ばれます)。写真フィルムという容れ物ではなく、中に詰まっていたはたらきのほうを資産として数える。そう見直せば、そのはたらきは写真とは別の場所でも使えます。
ただし、順番があります。先に何を残すかを決めないまま容れ物を手放すと、手元には何も残りません。富士フイルムは、資源を引き上げるより先に、残すものを見立て直しました。
同社は2004年に中期経営計画「VISION75」を発表しました。その基本方針の一つ「新たな成長戦略の構築」のために実施したのが、同社が公式に「技術の棚卸し」と名付けた作業です。写真感光材料を中心に培ってきた技術を洗い出し、新たな事業のシーズとなり得る技術を明確にする、と説明されています。ここで起きたのは技術の開発ではありません。すでに持っている技術を、製品名から切り離して数え直す作業です。
数え直した結果が、化粧品という土俵に現れます。同社は2006年に化粧品とサプリメントの分野へ進出し、2007年に機能性化粧品「アスタリフト」シリーズを発売しました。公式の製品情報では、写真分野で培った4つのコア技術がこのブランドを支えていると説明されています。ナノテクノロジー、コラーゲン研究、抗酸化・紫外線防御技術、光解析・コントロール技術の4つです。
この4つが、見立て直しの中身をよく表しています。写真フィルムは極薄の層が重なってできており、内部に成分を正しく配置するためにナノの技術が要る。写真フィルムの主成分は、肌と同じコラーゲンである。写真の色あせは紫外線による酸化なので、それを防ぐ研究を続けてきた。そして写真とは、光を記録するものである。どれも写真のために積み上げた技術ですが、写真という言葉を外すと、そのまま肌の話になります。
開発の現場でも同じ気づき方をしています。アスタリフトの開発者は公式サイトで、肌の老化研究が、それまで研究してきたインクジェット用紙の酸化防止剤における抗酸化の研究と密接に関連すると分かった、と振り返っています。新しい技術を得たのではありません。持っていた技術の宛先が変わっています。
もう一つ、切る前に必要だったものがあります。自己定義の置き直しです。「写真の会社」のままでは、棚卸しをしても化粧品は候補に挙がりません。自社を「持っている技術を使う会社」と定義し直したから、探す範囲が写真の外へ広がりました。一つ上の目的へ移るという考え方(スーパーシステムへの移行)です。
載せ替えは化粧品にとどまりません。2008年に富山化学工業を連結子会社として医薬品事業へ、2011年には米国メルク社からバイオ医薬品の製造受託会社2社を買収してバイオCDMOへ、本格的に参入しています。
次に何が起きるか
ここからは、進化の方向を構造的仮説として描きます。
これまでの動きを一本の見方で並べ直すと、階段になります。1枚の容れ物が撮る・残す・見るを担う段から、容れ物のほうをデジタルに置き換える段へ。ただし容れ物を替えるだけでは、稼ぎの穴は埋まりません。だから次の段が要ります。製品をはたらきの粒に分解して数え直す段へ。そして別の土俵へ載せ替える段へ。化粧品も医薬品も材料も、バラバラの多角化ではなく、同じ階段の各段だと分かります。

面白いのは、板挟みを解いた先で、同じ形の板挟みが戻ってくる点です。棚卸しから生まれた事業も、育つほど高収益の柱になり、手放しにくくなります。かつて「写真フィルム」が転換の重りになったように、今度は「育った新しい柱」が同じ役を演じ始めるのではないでしょうか。資産が重りに変わる形は、階段を上っても消えず、名前を替えて再演します。
技術の呼び方にも同じことが起きます。製品名から切り離した技術も、新しい事業が育つにつれて、今度はその事業の名前に紐づき直します。だとすれば次の段は、棚卸しを危機のときの一度きりではなく、定期的に回す仕組みにすることではないでしょうか。問題が起きる前に起きないようにしておく考え方(事前無害化)が効く領域です。
もう一つ、土俵を増やすほど、それぞれの土俵で専業の会社と比べられる、という論点があります。抜け道は2つ考えられます。時間でずらす道は、立ち上げ期に能力を横断で回し、育った段から独立した単位に切り出します。条件でずらす道は、複数の能力を同時に必要とする領域を主戦場に選びます。
現在の同社は、ヘルスケア、エレクトロニクス、ビジネスイノベーション、イメージングの4つの事業領域で構成され、2026年3月期の連結売上高は3兆3,570億円でした(同社の決算短信より)。写真の事業がなくなったわけではありません。容れ物を替えながら、いまも4本の柱の1つです。なお、ここに書いた次の板挟みと打ち手は、公開情報から構造を読んで組み立てた仮説であり、同社の計画を示すものではありません。
あなたのビジネスへの3つの問い
ここからは主語をあなたに移します。富士フイルムの物語を鏡として使ってください。
問い①は、あなたの会社の技術や設備や人の技能を、製品名を外して「何ができるか」の言葉で書き出せますか、です。「うちは印刷の技術です」ではなく「色を合わせる技術です」と書けるかどうか。書けないうちは、その能力は売り物と一心同体のままです。
問い②は、その書き出しの中で、いまの売り物が無くなっても他の土俵で通用するものはどれですか、です。全部である必要はありません。1つ見つかれば、そこが次の入口です。
問い③は、その書き出しを、危機が来てからではなく、いま定期的にやる仕組みにできますか、です。追い詰められてからでは、選べる道がすでに減っています。
まとめ
市場そのものが消えるとき、品質の改善もコスト削減も効きません。富士フイルムはこの板挟みを、容れ物ではなく、はたらきのほうを資産と見直すことで抜けました。しかもその見直しを、資源を動かすより先にやりました。因果関係マップで板挟みを可視化し、TRIZの考え方で資産の数え方を組み替える。この2つの道具は、特別なソフトがなくても今日から使えます。
今日から試すには
この記事で紹介した2つの道具、つまり問題構造を可視化する因果関係マップと、矛盾を解消するTRIZは、特別なソフトを買わなくても今日から手で描けます。
もしくは、専門性に特化させたAI壁打ち用のツールサイト
Idea Realize AI(https://idea-realize-ai.com/)
をご用意しました。このサイトの「TRIZの各種手法」や「フロー図メーカー」をお使いいただくことで、本記事のようにAIと深掘りした議論ができます。
この記事は、成功した事例を「よその会社の武勇伝」ではなく「今のあなたの鏡」として読んでいただくために書きました。自社の技術を製品名で呼ぶのをやめる作業は、地味で1円も生みません。それでも、その呼び方が次に探せる範囲を決めています。
本記事について
本記事は、公開情報をもとに、TRIZと因果関係マップを用いて筆者が独自に分析したものです。取り上げた企業の公式見解ではありません。とくに構造の解釈と今後の展開に関する記述は、TRIZの進化法則に基づく筆者の仮説であり、断定ではありません。
参考・着想元:本記事は、富士フイルムおよび富士フイルムホールディングスの公開情報をもとに、独自のリバースTRIZ分析で再構成したものです。記事中の先見案は、公開情報から構造を読んで組み立てた仮説です。